TOKYO2020競泳のパラリンピック大会にて、男子100メートル自由形の金メダルに輝いた、鈴木孝之選手。
先天性四肢欠損という障がいを持ちながら、素晴らしい成績を残している選手ですが、実は両親や生い立ちが壮絶!と言われているようです。
今回は、鈴木孝幸さんの両親について、紹介します。
鈴木孝幸プロフィール
まず、鈴木孝幸さんのプロフィールを紹介します。
名前 :鈴木孝幸(すずき たかゆき)
生年月日:1987年1月23日(36歳)
出身地 :静岡県浜松市
学歴 :聖隷クリストファー高校→早稲田大学教育学部
身長 :117cm
体重 :46kg
所属先 :ゴールドウイン
鈴木孝幸選手は、生まれつき両足と右腕の肘から先がない、先天性四肢欠損という障がいを持っています。
鈴木孝幸選手は幼いころから運動が大好きで、友達と一緒手に靴をはめて、歩いていたそうです。
また、中学時代は吹奏楽部に入部し、ホルンを担当していました。
6歳で水泳を始め、聖隷クリストファー高校時代から、本格的に競技の世界に飛び込みました。
高校生でアテネオリンピックに出場し、200mメドレーリレーで銀メダルを獲得しました。
高校卒業後は、早稲田大学教育学部へ進学しました。
2008年開催の北京パラリンピックでは、競泳チームの主将を務めています。そして、5種目中金メダル1つ、銅メダル1つを獲得しています。
2012年のロンドンパラリンピックでは、150m個人メドレーと、50m平泳ぎで銅メダルを獲得しています。
現在は、スポーツ用品メーカー「ゴールドウイン」に所属し、2013年からはイギリスに練習拠点をおいています。
社内の留学制度を利用して、イギリスのノーザンブリア大に留学し、インターナショナルスポーツマネジメントを学びながら、トレーニングに励んでいます。
鈴木孝幸の両親の現在は?
鈴木孝幸さんの両親は、自分の子供が先天性四肢欠損で生まれた姿にショックを受け、育児放棄をしています。
そのまま姿を消しているので、現在どこにいるかも分からないそうです。
まだ鈴木孝幸選手が2歳の時で、当時保育園の園長だったた母方の祖母が引き取ることとなりました。
おそらく、鈴木孝幸さんもまだ幼かったので、両親の顔なども覚えていないとおもいます。
鈴木孝幸の生い立ちが壮絶
鈴木孝幸選手は、生まれつき膝から下がなく、右腕は肘から先がない、そして左手指が不自由という姿で誕生しました。
鈴木孝幸選手の両親は、この姿にショックを受けてしまい、育児放棄して姿を消しています。
鈴木孝幸選手を引き取った祖母・小松洋さんは、当時保育園の園長をしていました。
小松洋さんは、鈴木孝幸選手を養子にはせず、里子として育てることにします。
将来、自分がいなくなったときに、しっかり自立できるように、苗字は違ったままで育てました。
そして、小学校に入学する前から、水泳を習わせます。
水泳は、「一番自立心が養えるスポーツ」ということだったので、幼いころから水泳を習わせたそうです。
運動会などでも、ほかの児童と変わらず、色々な競技に参加させていました。両手に靴をはかせて、何の気遅れもなく参加をさせていたと言いますから、驚きですね。
鈴木孝幸選手は、祖母の教えのもと、自分の持っている体の機能を100%使い、何でも自分でこなすことができます。
鈴木孝幸選手の祖母も、とても大変な思いをしたとおもいますが、孫と二人三脚でパラリンピックのメダリストにまで育てたのです。
そして、鈴木孝幸選手が20歳になると、祖母は里子の終了届を提出しました。
壮絶な生い立ちをもろともせず、アスリートとして奮闘する姿は、多くの人に感動を与えているでしょうね。